2013年08月11日

しげ脳vol.224「メディアの役目〜米軍のヘリ墜落に思うこと〜」

8月5日に起きた米空軍ヘリの墜落事故。
沖縄県宜野座村の米軍基地キャンプ・ハンセン内の山中でしたが
住宅地に隣接していることもあり、
全国ニュースでも報道されるなど注目を集めています。

沖縄県内のメディアでも連日報道されていますが、
その報道について感じることを伺いました。

しげ脳vol.224
「メディアの役目〜米軍のヘリ墜落に思うこと〜」

先日、宜野座村のキャンプ・ハンセンの演習場内に
アメリカ空軍のヘリコプターが墜落したでしょう。
住宅から2kmという近い距離でこのような惨事が起きて、
正直またか…と思ったんです。
ただ、今回その対応については県知事以下、
政治家のみなさんがきっちりやっておられましたが
メディアの報道にいくつか問題があると感じたんです。
また事件が起きた、ヘリが落ちた、
だから絶対オスプレイは許さない…。
そんなロジックで組み立てられてましたが、

僕が感じたのは、本来、
真っ先に報じなきゃいけないのは
当初、乗っていた1人の兵士の安否が
確認できていなかったことだと思うんだ。


事故当日、その方の安否を気遣うニュースはほとんど報道されてなくて
そこにものすごく違和感を覚えました。

編集)ツイッターやfacebookでも人命を気にする書き込みは見かけませんでした。もちろん問題はたくさんありますが、沖縄だからこそ、先に「大丈夫ねぇ!?」って言えるようになりたいですよね。

なぁ。そこが悔しかった。
懸命の救助に当たっていますとか
早く無事で見つかってほしいとか
人として当たり前の感覚を持ってほしかった。
今回落ちたヘリは山岳地帯で何か起きた時に
救助するために訓練してる部隊だから
僕らもお世話になる可能性もあるし、
トモダチ作戦として東北の被災地に支援に行ったのもこの部隊。

だからもっと俯瞰で物事とらえて
冷静に伝えることが
大事じゃないかなって気がするんだよね。


政治家の友人とも話してて
この意見に同意してくれたんだけど、
彼らは思っていても発言できない空気があるみたいで。
その空気自体おかしいと思うし…
この世の中大丈夫か!?って言いたくなるような
憤りに近い、気持ち悪さを感じたんですよね。
これも少し前に大きく報じられてたんだけど
空軍の米兵さんが酒気帯び運転で捕まったっていうのが
新聞ですごく大きく報じられてたのよ。
それ見て、ちょっと待てよ、と。
もちろん酒気帯び運転は悪いことですが
じゃあその週に酒気帯びで捕まった日本人が何人いるか、
その名前まで報じるのか。そんなことはないでしょう。
例えば魚屋のAさんが事故を起こしても
魚屋みんなが悪いとはならないじゃない。
同じようにアメリカ兵もみなさん職業軍人なだけ。
酒気帯び運転で検挙される米兵の報道と、
近隣諸国が尖閣に領空侵犯を頻繁に繰り返してる
事実の報道とのバランスは果たしてこれでいいのか。
最近、「沖縄の民意」とか「オール沖縄の怒り」って表現をして
一括りに「米軍=悪」っていうのを図式化しようとする
意思のようなものを感じていて…。
東アジアの安定を課題に安全保障体制のために
国策で働いてるのが彼ら在沖米兵。
彼らだって1人の人間としての生活がある。
本国から離れて一人暮らししてるかもしれないけど、
家族があり、友人や仲間、愛する人がいて愛されてもいるはず。
残念なことに遺体で発見されてしまった彼の死を
心から悲しむ方々がいるということへの想像というか、
配慮が全く欠けてる気がするんだ。
思想信条、意見の違いはあっていいし、
在沖駐留米軍すべてを否定する立場があることも理解している。
それに、もしも今回の事故機が市街地に墜落していたら…
という懸念に対する報道があるのも当然だと思う。
だけど事故で行方がわからなくなった方の安否は置いといて、
これをすべて自らの主張の正当性と報じ、
結論に持っていくことの危険性というか、
人としての純粋な感覚の欠落がものすごく気になる。
今の報じられ方だけ見ていると
彼ら全部が悪なんだ、っていうようなレッテルの貼り方は
ものすごく怖い社会現象だと思うんですよ。

編集)なんでも一般化されると1人1人の人間性が見えなくなりますよね。

僕らの正義は何か、っていうのも見えなくなっちゃうんだよ。
今の論調は沖縄ばかり基地が押し付けられてるという風に
憎しみや怒りばかりぶつけてますが
思想、信条、哲学は大事ですが冷静に常識人として
安全保障は考えなきゃいけないと思うんです。
別に軍隊を肯定する分けじゃなくて、
永久中立国のスイスでさえ国を守る部隊は持ってる。
むしろ軍隊のない国はほとんどない。
理想は理想で大事だけど
今はしょっちゅうミサイルを打ってくる国が近くにいて
我が国の領土に対してオレの土地だって言いがかりつけて
近づいてくる国があって、領空侵犯も当たり前にある。
じゃあなぜ彼らに対しては声をあげずに
対政府、対アメリカにだけ強烈な批判を浴びせてるのか?
誰が味方で誰が敵なのか、
よう分からなくなってる気がするんだよね。

日本の外交は
へただと言う人もいますが
戦後65年の歴史の中で戦争してない国って
そう多くないんですよ。
だけど我が国はしてない。
これも外交力だと思うんだよ。


アメリカもイギリスも何回戦争したか。
そう考えると、確かにアメリカの傘の下で
すっきりしないのも理解できる、
でもギリギリの交渉の中で国民の財産、
国家の誇りのために汗流してる方もいるわけです。
僕も沖縄に海兵隊機能は必要なのか、
ずっと自分に問いかけながら日々を過ごしていて。
いらないって思う日も多いし、
でもこの国が決めた枠組みの中で
どう国民として受け止めるかって考える日もある。
ただ、常に冷静でありたいし、常に未来志向でありたい。
だから今回みたいな報じ方はものすごく残念だったな。
感情が先走って常識的な視点が見えなくなってる気がするし
そこを冷静に考える時期だと思います。

編集)今のまま怒りをぶつけあってても平行線で解決しないですもんね。

解決しない。

ローカルナショナリズムを
ぶつけてみたところで
対立の先に解決は描けないから。


理想により近づけていくために
備えはちゃんとしつつ、信念と現状の体制の中で
東アジア全体の安定を求めていく、
外交の勝負の時じゃないでしょうか。

編集)メディアの体制もなかなか変わるのは難しいですよね。

うん。ただ、幸いと言うと語弊がありますが
今はマス媒体だけでなくネットもありますから。
これからもっと力を持っていく気がしますし。
とにかく亡くなった方のご冥福をお祈りすると同時に
事故が二度と起こらない体制を作っていただきたいし
もう一度、命とは何、っていうことを
平和を希求する沖縄から確認すべきだと思いました。


■編集より追記
この取材後、安里会長の友人である宮ア代議士が犠牲になった
空軍兵士の追悼式に参列されました。
故人のお名前はマーク.A.スミス三等曹長といい、
奥様のジェシカさんと2人のお子様ヴィクトリアちゃん、
ガブリエルちゃんというご家族がいたということが判明しました。

追悼式には沖縄と日本本土から多くの
お悔やみメッセージが届けられていたそうです。
安否に関する情報は事故直後ほとんど報道されませんでしたが、
まず第一に失われてしまった尊い命とご家族への
哀悼の気持ちを持つことはとても大事なことだと感じました。


[聞き手:コピーライター 幸喜朝子]


posted by 安里繁信 at 18:57| Comment(0) | TrackBack(0) | しげ脳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。