2011年01月13日

しげ脳vol.93「一年一年を積み重ねて〜宣伝10周年〜」

しげ脳vol.93
「一年一年を積み重ねて〜宣伝10周年〜」



sige93.jpg


昨年2010年で株式会社 宣伝は10周年を迎えました。
立ち上げが2000年の4月ですから、もう11年だもんな〜。
たいへん感慨深いものがありますね。

本当に、いろ〜んなことが
ありました(笑)。


やっぱり、いいも悪いも含めてですけども
多角化をスタートするにあたっての
第一発目が宣伝だったんですね。
だから宣伝に対する僕の想いは
ものすごい大きいものがあるんですよ。
愛情もあるし、こだわりもあったし。

編集)宣伝を引き取ったのは、多角化を見据えたことだったんですか?

ううん。これもご縁だったんですよね。
何も多角化しようって計画があったわけじゃない。
僕らに広告を作って欲しいというニーズがあって、
そのタイミングで宣伝をM&Aしないかという
ご提案があったから判断したんです。
もともとの会社の名前が
沖縄クリエイティブセンター(OCC)って名前だったんだけど
それも「宣伝」に変えて。
OCCは長い歴史を刻んで沖縄の広告界を
リードしてきた会社だったがゆえに
社名を変えて別の看板を掲げることには賛否があったね。
これまでの名前の定着は大きいだろう、
だからこの暖簾を引き継げ、
というのが大方の意見だったんですよ。
だけど僕はミレニアム、2000年という
新しい世紀を迎えていくにあたって
やっぱりゼロからスタートしたいという想いがあった。
だから結果として、OCCの意思は継承しつつも
新たな船出に臨む、新たな布陣でもって、
新たな可能性を掲げて歩んでいこうと決めて
「宣伝」という会社を立ち上げたんですよ。

編集)へええええ〜!!!波瀾万丈があったんですね〜。ちなみに「宣伝」って…すごいストレートな名前じゃないですか(笑)。これはいろんなネーミング案が出た中で選んだんですか?

そうそう、今風な名前っていっぱい出てたんだけど

なんで「宣伝」か!?
っていう社名に対するクレームも
けっこう多かったんですよ(笑)


ある取引先の社長さんなんかね、
宣伝に足を運ぶ時、行き先ボードに
「宣伝」って書くわけですよ。
そしたら社員は自分の会社の宣伝をしに
どこかに行くと勘違いするから
こんなややこしい社名つけるな!とか(笑)。
いろんなクレームがありましたね〜。ださいとか!
でもね、ちゃんとポイントがあるんだよ。
広告っていうものは広く伝える、という意味だけど

宣伝というのは伝えるだけじゃなくて
「共感」まで求めてくことなんですよ。


だから言葉の持つ力で
アイデンティティを育みたいなと思ってて。
広告って共感させてなんぼじゃないですか。
単なる伝えて終わり、というんじゃなくて
共感させるためにどうあるべきかっていうところに
主軸を置いた広告会社を作りたいという想いがあった。
もう一つは最後に「ん」がつくこと。
「ん」ってのはやっぱり「運」がつくんですよ。
「あんしん」「宣伝」「創信」…
我が社やたら「ん」が付くでしょ。

特に最後に「ん」が付くのはね、
運がつくんです。
それに身体にもいいんだよ。



編集)身体に??

「バファリン」「ノーシン」「アリナミン」「グロンサン」
ほら、薬とか栄養ドリンクも「ん」が付く名前が多いだろ。

編集)言われてみれば!

だから「ん」が付くのは運がつくのと同時に
身体にもいいのかなって(笑)。
そんな妙なインスピレーションから
うちと付き合うことで社会や取引先が
健康になってくといいな、みたいなね。
血の巡りもお金の巡りもよくなって。

編集)おもしろいですね〜!私が入社した時にはもう「宣伝」は定着した名前だったので違和感はありませんが、当時はすごい衝撃だったんですね。

みんな「なんじゃそら〜!」って感じだった(笑)。
だから話題性ってことを考えると
なんで社名変えたんだ、なんでこんな社名なんだ、
っていろんな噂が立ってたんで、
逆に知名度をあげることになって良かったのかな(笑)。
そこに意図はあったかと言われると
あんまりないんだけど(笑)。
名前だけじゃなくてこの取り引き自体
いろんな人が反対したよ。
当時あんしんの売上げが13億ぐらいで
OCCはそれより売上げの大きい会社だったので、
絶対うまくいかんだろう、とか、畑違いだろう、とか
なにより僕の経験が浅いだろう、とか
いろんな声ありましたよ。
当時はM&Aって言葉も沖縄では殆ど知られてないですから。
金融機関さんも最初は心配してたんですけど
1年経ち2年経ち3年が経ち、
みんなのがんばりでなんとかシェアを落とさずに、
むしろいい方向での改革も進んだ。
なんとか10年という一つの節目を迎えることができて
嬉しさと同時に、ここまで育てて頂いた取引先とか
沖縄という社会とか、ここまでついてきてくれた
社員さん達に心から感謝しています。
まぁ僕は当時29才で、ナンバー2の真栄城さんが33才ぐらい。
「いけるべ!」という勢いだけでしたね。

編集)へぇえええ〜!!!

見た目はあまり変わらないんですけど、
髪はあの頃からなかった(笑)。
あの人に髪の毛の話をするとね、
「誰がこんな頭にしたんですか」って言うわけよ、僕に。
いやいや、最初に会った時からなかったぞと思いながらも(笑)、
僕は真栄城(副社長)さんと
CMプランナーの高橋さん(部長)と仕事がしたくて
この会社を引き取ったようなもんなんですよ。
あんしんが引越しを立ち上げてテレビCMを作った時に
一生懸命やってくれた仲間だったので
この2人と一緒に仕事してぇなって思ったのが
宣伝を引き取る価値判断だった。

単なる損得だけで決断できることって
ものすごく小さいと思うんですよ。


確かにリスクは考えていかないといけないんでしょうけど、
それより何より「好きか嫌いか」。
タダマガを引き取ったのも僕は当時の社長であった
佐田さんが好きだったし、星野さんが好きだったし、

こういう人達とならどんな商品だろうと
一緒に売っていけるんじゃないかなって。
会社を引き取ったんじゃなくて、
彼らと仕事したかったんですよ。


「誰とやるか」なんだよね。
年を一年一年重ねていく、っていう言葉に象徴されるように
ただ生きる、ただ流されるっていうのと
「重ねる」っていうのは違うような気がして。
各自がこの一年一年で得た経験を
ナレッジとして徳として積みあげていくと
会社の信用につながるんじゃないかな。
これからもそういう思いで、
また次の10年目をみんなと笑顔で迎えられたらいいな。

編集)ここからの10年も速いんでしょうね。

きっと速いよ〜。
僕がもう41才だろ、今度迎える1年っていうのは1/42なわけですよ。
1年が1/41の時よりも薄くなるんだよね。
それを1/2ぐらいインパクトのある一年にするには
今までの延長線ではできないと思うんですよね。
だから1年をどう迎えてどう生きて、どう重ねて、
次の年を迎えるかってことに思いを固めて
お互いに良い年を迎えられたいですね。


[聞き手/(株)宣伝 幸喜朝子]


posted by 安里繁信 at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | しげ脳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。